Lovely Trip

【第13章・・<インレー湖2>】

その日は朝5時に起床した。僧の托鉢を間近で見たかったからだ。ここに来てから比較的早起きをしていたので、何度か見ることはできたが、至近距離からはまだ1度も見ていない。泊まっている宿も托鉢のため毎朝食事を用意して待っていたのだ。ちなみに托鉢する僧たちは決まった家を通ることが多い。持ち回りになっているのかは解らないが、それぞれ家で配られる物は当然違う。おかずの家もあり、スープの家もある。ちなみに私が泊まっている宿は白米の担当らしい。

許可をもらい私は彼の横に関係者のように並んでいた。年長者が先頭らしく、徐々に若い人間になっていく。最後尾はもう本当に可愛い子供だった。笑顔一つ見せず、彼らは黙々と歩いてくる。靴は履いておらず皆裸足だった。一糸乱れぬ統制で、同じ纏を着て1 直線にこちらに歩いてきた。

私の横では木のしゃもじ僧たちの持っている深いツボに入れている。特に声は発せず、軽くお辞儀をしていたように思われる。私も静粛な雰囲気で同じように軽く頭を垂れていた。
ここで思わぬ自体が発生した。私はその瞬間を見逃さなかった。なんと御飯が無くなってしまったのだ。もちろん僧はそんなことを知る由もない。日本人の感覚なら、残りの白米の量と僧の数を頭で計算してさりげなく量の調整にはいると思うのだが、彼は全くお構いなくガンガン与えていたのだ。次に来た僧にそれを伝えたとき無表情の彼の顔から「え?マジで」的な驚きと寂しそうな表情がこぼれた。後ろに並んでいた僧達も現実を受け入れようとしていたが、小さな子供達はあからさまにショックを隠し切れない様子であった。

僧たちがどこまで行くのか興味を持った私は、さりげなく最後尾の僧の後ろにくっついていった。後ろの方の子供達は私の事が気になるらしく、ニコニコしながら後ろを何度も振り向いていた。途中3箇所ぐらい家の前を通過して食べ物を頂いていた。私にも勧めてくれる家もあったり、完全に無視をされたりもした。本当は最後まで行きたかったのだが、あまりにも遠そうなので途中で引き返してしまった。


最後尾の3人。随分間隔もあいちゃって可愛らしい。

この宿で何人かの日本人と友達になった。そのなかでも桃ちゃんは最高だった。彼は23才のフリーターで約1ヶ月ミャンマーに滞在する予定なのだが、いかせん金が無く強制両替に必要な200ドルしか持ってきていなかったのだ。

この日から数日彼と行動を共にすることが多くなった。まずは一緒にインレー湖を小舟で観光をした。水上のお土産屋に行ったり、紙工場、シルバー工房、水上のパコダなど。ほとんどまともな観光をしない私には新鮮であり、楽しくもあった。ただお土産屋などはほとんどタイ製品であり、粗悪な上クレイジーなほど金額は高かったが。


奥に見えるのが桃ちゃん。この食事欧米人は見てるだけだった。

夜は宿の日本人を何人か誘い、ここに来てから毎晩行っていたお気に入りのバーに行くことにした(お気に入りといってもこの店しか開いてないのだが・・。)バーといってもわかると思うがとにかくお酒が置いてあるそんな場所。

初日に知り合った、ミャンマー人とは毎晩ここで会う。彼は地層学者でインレー湖には仕事の関係で来ていたのだ。その店では恐らく高価であろうコニャック酒とチーズをいつも食べており、豪快に肩をたたいてくる。この店ではミャンマービールの生が70円ぐらいで飲める。ポテトサラダやエビ春巻きなど注文しても 200円位なのだ。もちろん庶民の屋台と比べれば高いが、夜が早いこの町でこのバーを見つけられたのは幸運でしかないと思う。

古いテレビで流されているフランス代表のサッカーの試合を見ながら、皆うっとりしながらもはや何語を話しているのかわからないまま盛り上がっていた。


ミャンマードラフト。


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