Lovely Trip

【第14章・・<驚きのトレッキングツアー>】

早朝からトレッキングツアーに参加することになっていた。個人的にはあまり前もって予定を立てるのは好きではないのでその時は断ったのだが、ガイドが「食事やツアーの締切、いろいろ準備など必要なのでどうしても前金制ずら」というので、しぶしぶ3000チャット支払っていた。桃ちゃんが1人では心細いと言っていたのも大きな理由の1つではあるが。

ガイドのダンケさんが早朝にも関わらず、信じられないテンションで登場した。ちっちゃな藤岡隊長の様な感じで、やたら私達をせかす。だから団体行動はあまり好きでない。それに彼のTシャツには漢字で「主」って書いてある。日本人へのアピール?

宿を出て暫く歩いても全く合流場所などには着かない。他のメンバーについて話を聞いてみると参加者は私達2名。既にダマされた感でいっぱいだった。しかも宿から山の麓までもトレッキングってなんじゃそりゃ。途中小さな、売店に寄ることになった。私たちは外で待っていると、ダンケさんがすっ飛んできて、「早く水とかおやつとか買いなさい!」と言われる。昨日の話で全てコミコミのはずだが、まーしかたが無い。結局自腹で必要そうな物を購入することにした。

道中は全く盛り上がらなかった。ダンケさんが女の話しか話さないことも大きな理由ではあったが、まだ肝心の山にも到着していないので無理もない。私たちのモチベーションは大江戸線より深くそして低い。

毎日同じルートを通っていると聞いていたのだが、そのルートを人が通過した痕跡は皆無だった。草は元気に生えており、私たちはダンケさんから頂いたその辺に落っこちていた、棒で草木を分けそれぞれ前に突き進まなければならなかった。うっかり半ズボンを履いてきてしまった桃ちゃんの足のスネはもはや血だらけになっており、顔は苦痛でいっぱいのようだ。


ハイテンションのダンケさん。

とは言いつつも、このトレッキングに参加しなければ、見れなかったものもあった。第二次大戦前日本の兵隊が暮らしていた洞窟。今は高層が1人でここを守っていた。朝食のみをとりそれ以外の時間は洞窟で瞑想をしているとのことだった。付近には米軍、英軍が落とした爆弾のため、今でも生々しく穴が空いていた。

パオ族、シャン族、パロン族の集落にもお邪魔した。どこに行っても子供達が手を振ってくれて、最高の笑顔で向かえてくれる。集落の学校を見学したり、ジブリに出てきそうな湖なども見て回った。子供達から見たこと無いフルーツをもらい、恐る恐る口にしたりもした。もちろん桃ちゃんが。(帰国後ダンケさん宛に子供達の写真を送った。写真をほとんど見たことが無い彼らの元にちゃんと届いていると信じたい。)


集落にある学校。教室内を見学させてもらった。

朝から水しか飲んでいない私達は、流石にヘロヘロだった。それらしき物を持っていないダンケさんに一抹の不安はあったが食事を楽しみしていた。いよいよ休憩場らしき場所に到着した私達はいささか驚いた。そこは大きな寺院だったのだ。靴を脱ぎ一応お祈りの真似をして、フローリング調の床に座り込んだ。目の前には風格いっぱいの僧侶が目を閉じ座っている。

お布施やお供えであろうフルーツなどが置かれており、私達はそれをすすめられた。ダンケさんが手際よくテーブルに御飯、おかず、お茶、お菓子などを置きはじめた。私たちが遠慮しているとダンケさんから「これが御飯です!」と堂々と宣言され、僧侶に一別して頂くことにした。いつ作られたものか解らないがもう食べるしかない。食事を済ませ、寺院の歴史を僧侶から現地の言葉で延々と説明を受ける。もちろん帰りに食事代としていくらかのお布施を支払った。

帰りは別のルートを通って宿まで帰ることになっていたのだが、ダンケさんも面倒臭かったのだろうか、ガイドのくせに「馬車にしない?」と言いはじめる。馬車代を払えなど最初は揉めていたが、強引に馬車をヒッチして私達と乗り込んだ。なんて逞しいんだろう。馬車はダンケさんの家の近くで降ろされ、そこで解散になった。私達には自分達の宿の場所さえ解らなかったが、そんなことはお構いなく解散だった。

何はともあれ結構素敵な時間を過ごせた事には違いないが。結局2人で6000チャットは全てガイド代なんだねと桃ちゃんと話し、迷いながら宿まで帰ったのでした。ちなみに3000チャットは日本円で400円ぐらいです。


寺院での昼食。


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